「科学はみんなの幸福のためにある」
「人類の幸福のために普遍的真実を探求することが，科学者魂の基底」
こうした当たり前のことを，本ブログでしつこいほど繰り返し的しているのは何故か？ 自分を含めて，この「大前提」を欠いてしまうことがあるからだ。
その理由は色々あるが，日本では（他の国でもそうだが）「科学研究費の競争的取得」ということが大きい。科学研究費を取得できなければ，研究は実質的にできない。その主要な科学研究費は政府，つまり文部科学省やその関係団体から出ている。「人類の幸福のために」といった枕詞など，国家的財源としての科学研究費の取得とは全く関係ない。むしろ，「国の方針」などの政治的バイアスに沿った研究の方が取得しやすい傾向がある。「科学者が好奇心や探究心だけで研究を行っている」というのは現実的にはさほど正しくない。
なぜ今こんなことを言うのか，あえて説明するまでもないだろう。北朝鮮が核実験を強行したからだ。
これがいかにトンデモナイことかは，多言するまでもない。日本は，史上空前（絶後にしてほしいが）の被爆国である。日本がこうした暴挙を強く非難することは理に適っている。しかも，「政治」とは無関係に非難できる。
非戦闘員を必ず巻き込む大量殺戮兵器としての核を保持している核保有国の抗議は，自己撞着的で，むろん政治的なものである。とはいえ，核保有によって平和を維持できる，という側面が現実としてあるので，こうした政治的抗議をすることは意味がある。
ただ，日本は，政治的レベルのみならず，より高いレベルで強固に抗議できる。むろん，私にしても，自分の（拙い）政治的判断に照らしても，史上唯一の被爆国の一国民としての「魂」のレベルからも，厳しく非難したい。
では，科学者として非難できるか？ といえば，非難する明確な根拠はほとんどないのだ。
核兵器の原理が，アインシュタインの理論にあることは周知の事実である。
Ｅ ＝ ＭＣ２
すなわち，「物質」というのはいわば「エネルギーの塊」で，物質が消滅すると，その質量（Ｍ）に光速（Ｃ）の２乗をかけた膨大なエネルギー（Ｅ）が生まれる。
これは科学的真実であり，しかも最高レベルの真実（established truth/finding）である。「世紀の発見」の一つであって，本来は人類の幸福に直結するはずだった。
ところが，この真実を応用したのが，人々の幸福を一瞬にして奪う大量殺戮兵器としての核兵器である。核兵器の開発は科学的営為というより，技術的営為という側面が強いとはいえ，科学者がコミットしなければ，核兵器は開発できない。しかも，理論だけではダメで，「実験」しなくてはならない。その実験に北朝鮮が成功した以上，北朝鮮は実質的に「核兵器保有国」になったわけだ。
北朝鮮の科学者に，科学者魂はあるのか，科学はみんなの幸福のためにあるのではないのか，と非難することはたやすい。しかし，彼らにしても，政治的バイアスがかかった研究をするしかない状況にあるだろうし，そのバイアスも状況も日本よりずっと厳しいはずだ。
むろん，同情しているのではない。非難することはたやすいが，日本ですら，科学者は政治的バイアスのかかった研究をしたり，政治的に「利用」されたりすることがある，ということを強調したいのだ。
北朝鮮の当該科学者たちにしても「自国民の幸福のため」という思いがあったのかもしれない。むろん，金正日や軍上層部から圧力が最大の理由だろうが，もしその（ある意味では尊い）思いがあったとして，それすら政治的に悪用されてしまうことがあるのだ。
北朝鮮の科学者たちは「他山の石」である。彼らの真意は分からない。だが，「石」としての彼らの行為を私たち科学者たちは深く考え，自らの行為を「玉」とすべく磨く教訓にすべきなのである。磨くための「布」は，あくまでも「人類の幸福のために」という強い思いであって，「自国のために」では局所的すぎる。やはり，科学者魂を堅持することこそが，科学者を尊くするのである。
【追記】
それにしても・・・，金正日や北朝鮮の上層部が，科学者魂の基底を少しでもいいからもっていたら・・・と，虚しくも思ってしまう。
私はマルクスを尊敬しているとはいえ，そのマルクス主義の成れの果てが北朝鮮である。そして，マルクスはアダム・スミスと同じメンタリティをもっていたのだ。
どういうメンタリティか？ 一部の人たちの幸福を追求する，という利己主義的なメンタリティである。辛苦をなめていた労働者の幸福を追求するのはいい。では，当時のブルジョアは？ プチブルは？ 「支配者だから不幸にしていい」というのは間違っている。資本主義の原理を説くアダム・スミスの考えは，自己利益追求による「見えざる手」を期待する典型的な利己主義である。
完全な利他主義でなくていい（遺伝子の存続を究極的な目的とする生物では，ヒトを含めて，完全な利他主義は理論的に言っても不可能である）。利己の方向を「自分の方へ温かいお湯をかき寄せる」という方向ではなく，「周りに向かって温かいお湯をゆっくり押し流す」という方向に切り替えさえすればいい。つまり，「周りを幸福にすることによってこそ，自分も幸福になれる」という「利他を介した利己主義」である。理想論にすぎないとしても，それこそが「世界平和」に通じる重要なメンタリティなのだと思う。
