前々回の「神経神話（neuromyth）」の流れで，発達障害神話（developmetal disorders myth）について・・・
「ワクチンは自閉症を引き起こす」
これも神経神話の一つに入れられているが，これは明確な誤りであり，「神経神話」に入れること自体が私的には不思議である。
ただ，少なくとも欧米では（日本でも？）のマスメディア上では「正しい」とされてきた経緯があるので，あえて神経神話に入れているのかもしれない。
それはともあれ，この「発達障害神話」ともいうべき言説には「科学者の社会的責任」や「マスメディア媒介誤解化」（以前からこのブログで問題にしている）が端的に現れている点では興味深い。
この発達障害神話の発端は1998年のLancet 論文にある（Wakefield et al., 1998）。
話せば長くなるのでごく短く言えば，Lancet という非常に権威のある医学系学術誌に1998年に載った論文の中で，三種混合ワクチン（MMRワクチン）接種後の子ども12人中8人で自閉症的問題行動が現れたという「逸話的データ」と，それに基づく「プレス向けコメント」が，あたかも科学的に実証された結論としてマスメディア上に広がった，ということである。
この論文を普通に読めば，その主旨は「胃腸障害と発達障害との結び付き（association）」にあるのだが，「MMRワクチン接種後に問題行動が現れた」という記載がResults にあり，その一方で，「本論文はMMRワクチンと発達障害的症状との関係を証明したものではない」とDiscussion で言明している，という非ロジカルな内容になっている。
そもそもこの種の論文で12人というのはサンプル数が少なすぎ，データの扱いもずさんで，本来なら査読者・編集者によってrejected されるべき低レベルの論文である。
ところが，この論文はLancet に記載され，その著者が記者会見を（論文記載前に）したこともあって，「ワクチンは自閉症を引き起こす」という発達障害神話が広がっていった。
事の詳細はもっと複雑だが，この発達障害神話の淵源は低レベルの論文・科学者とマスコミ媒介誤解化にあると言ってよい。
ちなみにこの論文は，2010年に撤回され，かつ，2011年にデータの捏造も発覚した。そのため，このLancet 論文発祥問題は終焉したのだが，一度広まった「ワクチンが自閉症を引き起こす」という間違いが世間から完全に「撤回」されるのは容易ではない。
前回の「Dカップ効果」では論文自体が存在しないので偽情報とすぐに分かるが，原著論文が存在し，Lancet 掲載という権威付けがあり，多くの人々の興味を引くという要素もある中で，マスコミを媒介にして非科学的情報が広がった，その典型例である。
付記すると，いくら低レベルで，後に撤回され，かつ，捏造が発覚したとは言え，多少なりとも意味がなければLancet に載ったわけがない。その意味とは「胃腸障害と自閉症の結びつきを提起した」，という点である。
この結びつきは，その後の研究でかなり検証されてきたのだが（e.g., Gorrindo, et al., 2012），その過程で，別の「発達障害神話」がいわばスピンオフしてきた。ある種の食材によって自閉症が引き起こされる，という神話である。その神話と結び付いているのが「グルテン・カゼイン除去食（gluten-free, casein-free (GFCF) diet ）による自閉症改善」である。
このGFCF食に関しては機会があったら述べたいが，これも発達障害神話の一種に近い（ワクチン神話よりはマシだが，GFCFによる栄養不良はかなり問題）。
さらに付記すると，ワクチン神話もGFCF神話も共に「発達障害は予防も改善もできない」という，より根本的な発達障害神話と矛盾していることは明らかで，発達障害を巡る錯綜はまさに錯綜としている。
